二条城の歴史を簡単にわかりやすく!見所やアクセス情報も!

      2017/09/30

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二条城は、世界文化遺産や国宝に指定されている、世界に誇る名城です。

 

その歴史は、数々の偉大な人物たちによって、様々な形に変わり、現在に伝わります。

 

約260年続いた、徳川最後の仕事として有名な「大政奉還」もこの二条城で行われましたね。^^

 

では、この二条城の歴史ってどのようなものだったの?というあなたに、簡単にわかりやすくまとめてみますね。

 

そして、ぜひ、二条城に足を運んでみてくださいね。^^

 

 

二条城の基本データ

まずは、二条城を簡単におさらいしてみましょうね。^^

 

以下に簡単にまとめてみましたよ。

 

二条城の基本データ

二条城の基本データはこんな感じです。^^

別名 旧二条離宮・元離宮二条城
城の構造 輪郭式平城
天守の構造
  • 複合式望楼型5重5階(1603年移築)
  • 複合式層塔型5重5階(1624年築)(非現存)
建てた人 徳川家康
建てた年 1603年(慶長8年)
主な城主 徳川家
廃城年 1871年(明治4年)
遺構 御殿・櫓・門・番所・土蔵
石垣・堀・庭園

 

 

二条城の勲章

二条城は、これまでに国宝を始めたとした数々の栄光に輝いています。

 

その栄光の軌跡を勲章として挙げてみましょうね。^^

世界文化遺産 平成6年(1994年)
国宝 1952年(昭和27年)

二の丸御殿 6棟

  • 遠侍及び車寄
  • 式台
  • 大広間
  • 蘇鉄之間
  • 黒書院(小広間)
  • 白書院(御座の間)
重要文化財 1939年(昭和14年)

二の丸御殿の6棟を含む24棟

1944年(昭和19年)

本丸御殿4棟

※最初は、国宝として指定されましたが、1950年の文化財保護法施工により、重要文化財に移行されました。

1982年(昭和57年)

二条城二之丸御殿障壁画

史跡 1939年(昭和14年)

外堀を囲む道路も含め、二条城全域が、「旧二条離宮(二条城)」の名前で指定されました。

特別名勝 1953年(昭和28年)

二条城二之丸庭園が指定されました。

 

二条城とは?

それでは、二条城のことを簡単にわかりやすくまとめてみましたので、ご参考までにどうぞ。^^

 

二条城の歴史とは?

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二条城は、徳川家康が、関ヶ原の戦いに勝利した後、上洛する時の宿所として、大宮押小路に築城したのが、今日伝わる二条城の始まりです。

 

ですが、二条城は、家康以前も、足利将軍の時代から存在していました。ただ、建っていた場所が違うなどの理由から、旧二条城などと、現在の二条城とは分けて考えられているのが通説だそうですね。^^

 

そもそも、足利尊氏から3代将軍義満まで、二条に屋敷を構えたことから、将軍家の屋敷を二条陣とか二条城と呼んでいたそうで、それが二条城の始まりです。

 

その後、13代将軍・足利義輝が、幕府の重鎮であった斯波氏の屋敷跡に築いた「二条御所武衛陣の御構え」を二条城と呼んだり、織田信長の助けによって、15代将軍となった足利義昭の居城を二条城と呼んだり、二条城はいろいろと形を変えていったのです。

 

信長は、二条家の邸宅の庭の眺めが気に入り、その地に「二条新御所」を造り、さらに、豊臣秀吉も、信長が本能寺の変で倒れて以降、二条新御所を「二条第」として京の拠点として構えました。これらも二条城と呼ばれていたそうですよ。^^;

 

このように、二条城は、足利将軍から、織田信長、豊臣秀吉へと継がれ、そして、徳川家康によって、今日の二条城が誕生したのでした。^^

 

歴史の超大物たちが拠点とした権威ある城が二条城なんですね。^^

 

家康が二条城を築いてからは、3代将軍・家光の時代まで、将軍就任の祝いを二条城で執り行ったり、豊臣秀頼と謁見したのも、二条城でした。

 

そして、大坂冬の陣では、家康の拠点にもなりましたね。

 

さらに、幕末には、15代将軍・徳川慶喜が大政奉還を行った場所にもなりました。

 

そして、近代では、大正天皇の即位の儀式が二条城の二の丸で執り行われ、さらには、昭和14年に、「元離宮二条城」と名称が変わりました。

 

なんとも、その時代その時代で重要な局面には、二条城が活躍したのですね。^^;

 

そして、1994年、平成6年にユネスコの世界文化遺産として、二条城が登録されたのでした。

 

二条城の城内はどうなっているの?見所は?

(引用元:http://www2.city.kyoto.lg.jp

 

二条城の城内は、図のように、本丸御殿、二の丸御殿、そして各庭園で構成されています。

 

二条城の周りには、東大手門や北大手門をはじめ、南門、西門などの各門や外堀で囲まれています。

 

(本丸御殿 引用元:http://www2.city.kyoto.lg.jp

 

本丸御殿は、落雷や火事によって焼失してしまったため、明治26年から27年にかけて、京都御苑今出川御門内にあった旧桂宮邸の御殿を、本丸内に移築したものになります。

 

(二の丸御殿の車寄 引用元:http://www2.city.kyoto.lg.jp

 

二の丸御殿は、江戸時代の武家風書院造りの代表的なものなんだそうです。

 

車寄(くるまよせ)、遠侍(とおざむらい)、式台(しきだい)、大広間(おおひろま)、蘇鉄の間(そてつのま)、黒書院(くろしょいん)、白書院(しろしょいん)が立ち並んでいます。

 

建物面積3,300平方メートルあり、部屋の数は33、のべ800畳以上の広さを誇ります。

 

(清流園 引用元:http://www2.city.kyoto.lg.jp

 

二条城の庭園は、江戸時代に作られた二の丸庭園、明治時代に作られた本丸庭園、そして、昭和に作られた清流園の3つの庭園で構成されています。

 

これらの庭園は、アメリカの日本庭園専門誌である「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」でベスト10に清流園や二の丸庭園がランクインされるなど、高い評価を受けているのです。すごいですね。^^

 

ぜひ、ゆっくりとご堪能してみてはいかがでしょうか?

 

二条城へのアクセス情報

 

それでは、二条城へのアクセス方法などをご紹介しますね。^^

 

住所 京都府京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
交通アクセス 【電車】

地下鉄東西線二条城前駅から徒歩5分

【車】

名神高速道路京都南IC、又は京都東ICから約30分

駐車場 あり (216台 有料 普通車2時間800円・以降1時間毎に200円)
お問合せ 075-841-0096 京都市文化市民局元離宮二条城事務所
入園料 入城料金:一般600円・中高生350円・小学生200円

 

<MAP>

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

 

世界に誇る「二条城」。

 

二条城は、大きな歴史の転換点で様々な人物を見守ってきました。

 

二条城を訪れることは、足利や信長、秀吉、そして徳川の息吹を感じられることにもなりますね。

 

ぜひ、歴史を大きく動かしてきた人物たちの往時のことを思い浮かべながら、ゆっくりと堪能してみてはいかがでしょうか?

 

 

それでは、今回もありがとうございました。

 

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