星野仙一元東北楽天イーグルス監督が残した東北への2つの功績とは?

   

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星野仙一楽天球団副会長が膵臓がんのため、2018年1月4日(木)、帰らぬ人となってしまいました。

 

享年70でした。

 

70歳と言っても、現在では、まだまだ現役世代、亡くなるには早すぎました。

 

まだ信じられません。

 

この訃報は、プロ野球界はもとより、日本中、いや世界中に衝撃を与えました。

 

そして、僕が住む東北では巨大な激震でした。

 

僕は、しばらく放心状態が続き、いったい何が起こったのか理解するのに時間がかかってしまうくらいでした。

 

東日本大震災で疲弊した東北人にとって、闘将・星野仙一は心の拠り所なのです。

 

星野元監督がいたから、東北も元気を取り戻せたと言っても過言ではないと思っています。

 

それほど、偉大な人物でした。まだまだ東北のため、激を飛ばして欲しかったと思います。

 

残念でなりません。

 

ですが、東北に元気をくれた星野元監督へのせめてのも感謝の意を込めて、星野元監督が東北に残した功績を2つ振り返ってみたいと思います。

 

星野仙一楽天イーグルス元監督が残した功績とは?東北楽天の日本一!

(画像出典:HUFFPOST

初代監督・田尾安志氏

東北楽天ゴールデンイーグルスは、2005年から日本のプロ野球のパ・リーグで参戦しています。

 

2018年は、14シーズン目を迎えるわけです。

 

初代監督には、元タイガースの田尾安志氏が就任されました。

 

2005年は、やっと耕す畑を見つけただけの状態でした。

 

種を蒔くという段階にもなっていなかったように思います。

 

その結果は惨憺たるものでした。

 

どのようなものだったかざっと見てみると、

 

  • パ・リーグ最下位が8月中に決定
  • ペナントレース5位の日本ハムとのゲーム差が25ゲーム差
  • 1位のソフトバンクとのゲーム差が51.5ゲーム

 

2球団制になってから、新球団の初年度成績としては、史上最低の勝率となってしまったのでした。

 

田尾監督も初めての監督ということで、これからに期待したいとこでしたが、楽天オーナーの三木谷会長は、ばっさり田尾監督を解任してしまったのです。

 

当時は、非常な三木谷!と思ったりもしましたが、勝負の世界ですし、ビジネスです、強い球団を作っていくというのが至上命題だったのでしょう。

 

そして、後任に迎えられたのが、名将・野村克也氏だったのです。

 

後任監督が決まった時、思わず、唸りましたね。

 

おおー、楽天ってもしかして優勝するんじゃないの?って。

 

東北の誰もが淡い期待をもった瞬間でもありました。

 

2代監督・野村克也氏

ですが、さすがの野村監督もいきなり成績を出すことは出来ませんでした。

 

2006年も最下位という結果に終わり、野村でもダメなのかよってファンたちはやじを飛ばしたものです。

 

ですが、この年の最大の野村監督の功績は、「マー君」こと田中将大投手をドラフト1位で獲得出来たことでしたね。

 

日本ハム、オリックス、横浜との競合に勝ち、見事マー君を獲得したのです。

 

このことも、仙台では大騒ぎでしたよ。(笑)

 

甲子園を沸かせた、駒大苫小牧の田中が来たら、楽天優勝できんじゃね?ってね。

 

そして、その期待を裏切ることなく、2007年は田中投手が楽天では初となる「新人王」を獲得し、チームも最下位を脱出し、4位に浮上したのでした。

 

いやー、当時はマー君を見たくて、燃えましたね。

 

2008年は!と期待も高まりましたが、5位に終わってしまいました。

 

しかし、4月に一瞬だけ、単独首位になったり、岩隈投手がMVPを獲得したりと、だんだんいい感じにチームが戦力としてまとまってきた印象がありましたね。

 

僕も、もう少しだ楽天!頑張れ~と、本気で応援し始めたのもこの頃でしたね。

 

そして、2009年!

 

念願のCSシリーズに進出、リーグ2位まで上り詰めました。

 

しかし、ここで、三木谷オーナーは、野村監督を解任してしまうのです。

 

ここでも、仙台では、衝撃でしたよ。

 

「なんでですか?」ってね。

 

やっとの思いで、2位になり、あと一歩で優勝だというところまで来たのに!

 

すごく悲しかったですね。

 

そして、その後任には、当時広島カープの監督をされていた「マーティ・ブラウン」氏が就任されたのです。

 

3代監督・マーティ・ブラウン氏

しかし、マーティ・ブラウン監督政権は1年で解任されてしまうのです。

 

せっかく楽天が戦力を高めて、2位まで上り詰めたのに、2010年は、また「最下位」だったのです。

 

これには、三木谷オーナーはじゃなくても、ブラウンやめろーってなりますよね。

 

なんとも、残念でした。

 

そして、その後任として、あの燃える男がこの仙台にやってくることになったのです。

 

4代監督・星野仙一氏

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さすがに、星野って、あの星野か??

 

って、僕も口があんぐり空くほど驚きました(笑)

 

まさかの星野ですよ(笑)

 

もう、仙台ではお祭り騒ぎでした。

 

2011年は、楽天もいよいよ大勝負に出る地盤が出来始め、ようやく、優勝という2文字が「目標」として見え始めたころだったのです。

 

ですが、あの悪夢が仙台を東北を襲ったのです。

 

そうです、「東日本大震災」です。

 

あの悪夢は2度と起きて欲しくないです。

 

家族や親戚、友人や恋人、親しい人・・・、たくさんの方たちが亡くなり、家も流され住むところもない状態となり、いつもの日常を一瞬のうちにないものにされてしまったあの悪夢。

 

この悪夢は経験したものにしかわからないかもしれません。

 

当時は、誰もが夢や希望を失くし、いったいこの先どうすればよいのか、どうなっていくのか考えることもできないほどでした。

 

僕も中学校の同級生や友人を亡くしました。

 

ですが、その深い悲しみが少しでも元気になればと、少しでもお世話になっている東北の人たちに夢を持たせたいと熱く燃える男がいたのです。

 

それが、「闘将・星野仙一」でした。

 

僕は忘れません。

 

星野元監督が、東北の悲願である「東北楽天ゴールデンイーグルス」を日本一にするとわれわれに約束してくれたことを。

 

楽天が日本一になることで、東北に元気を取り戻すことができる、それを使命として約束を果たしますと力強くわれわれに訴えてくれました。

 

その言葉は、どんな名言よりも心に染み渡りました。

 

そして、それから、2年たった、2013年。

 

本当に待ちに待った瞬間がやってきたのです。

 

星野元監督は、約束を本当に果たしてくれたのです。

 

東北中が感動の渦に包まれた瞬間でした。

 

 

2018年は震災から7年経ちます。

 

少しは復興は進んでいるのかもしれませんが、まだまだこれからな状態です。

 

ましてや、2013年は、本当にようやく、街が東北が少しずつ落ち着きを取り戻してきた時でもありましたが、まだまだ被災地では仮設住宅で苦しい生活をしている方たちが大勢いた時期でした。

 

そんな中、本当に星野はやってくれたのです。

 

東北楽天ゴールデンイーグルスを「日本一」に!

 

球団創設9年目での日本一。これは、日本プロ野球史上5番目のスピード達成だったそうです。

 

あの弱小チームだった楽天がリーグ優勝ではなく、日本一になったのです。

 

しかも、日本シリーズをともに戦ったのは、原監督率いる巨人でした。

 

相手にとって不足はないチームとの対戦で、文句なしの日本一だったのです。

 

このときのビールは最高でしたね。(笑)

 

ですが、残念なことに、翌年の2014年は、腰椎椎間板ヘルニアおよび胸椎黄色靱帯骨化症と診断され、監督も当時の投手コーチの佐藤義則氏が代行を務めるなども影響し、最下位となってしまいました。

 

チームの最下位は、マー君がメジャーに移籍してしまったことも大いに影響がありましたね。

 

ですが、星野元監督の病状も気がかりでした。

 

すい臓がんの前兆だったのでしょうか?

 

実際のところは分かりませんが、病にも負けず、東北のために力を尽くしてくれた星野仙一という男に惚れました。

 

残念ながら、星野元監督は、2014年で退任され、後任に、「デーブ」こと大久保博元氏が就任し、星野元監督は、取締役副会長となり、楽天の球団副会長に就任されました。

 

この立場は、三木谷オーナー、立花社長に次ぐ、ナンバースリーの地位なのです。

 

それだけ、星野仙一という人物は、楽天にとって、支えだったのです。

 

5代監督・大久保博元氏(デーブ)

2015年、星野元監督の後任としての重責を担うことになりましたが、結果が出ず、チームは最下位。

 

あえなく、1年で解任となってしまいました。

 

そして、その後を引き継いだのが、星野元監督が東北に残したもうひとつの功績である「梨田昌孝」氏の監督就任なのです。

 

星野仙一楽天イーグルス元監督が残した功績とは?梨田昌孝監督の実現!

(画像出典:wikipedia

6代監督・梨田昌孝氏

2016年、デーブ監督のあとを引き継ぎ、星野球団副会長からのたっての願いのもと、梨田監督が就任されたのです。

 

このことは、野村、星野両監督によって育てられた楽天をさらに強いチームへと飛躍させるべく、星野球団副会長からの最高の贈り物だったと思っています。

 

梨田監督といえば、2年目のジンクスで知られる名監督です。

 

楽天も2年目である2017年は、また優勝するぞと仙台がまたまた湧きました。

 

2017年のシーズンは、お盆くらいまでは、首位を独走していた楽天で、これは「いくぞ!優勝!」と東北の人は誰もが信じて疑わなかったと思います。

 

しかし!

 

えっ??

 

なぜ、どうして??

 

という感じで、ソフトバンクとの首位攻防に破れ、さらに西武にも順位を抜かれ、まさかまさかのシーズン3位で終わってしまいました。

 

この時のショックと言ったら、食事ものどを通らないくらいでした(笑)

 

ですが、さすが、梨田監督!

 

CSシリーズでは、2位西武を倒し、見事ファイナルステージにコマを進めたのです。

 

またまた大歓喜ですよ(笑)

 

この勢いでソフトバンクも蹴散らせ~

 

いけー楽天!

 

則本、松井~頼むぞ!

 

という感じでもう、大興奮でした(笑)

 

ですが、おしくも破れ、日本シリーズには行けませんでしたが、よくやったと褒めてやりました。

 

梨田監督なら、あの星野元監督にも負けないチームを作ってくれると2018年も期待しています。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

 

闘将として、中日、阪神、そして楽天とプロ野球ファンを魅了してきた「星野仙一」氏。

 

梨田監督も心の支えにされていたと思います。

 

その支えをなくし、辛い中での2018年。

 

どのような采配を見せてくれるのか楽しみでもあります。

 

2018年は、優勝か最下位かどちらかだと予想します。

 

それだけ、当たって砕けて、栄光を取り戻すか、それとも壊れてしまうか。

 

梨田監督の正念場でもあります。

 

ですが、必ず、星野元監督のためにも、楽天を日本一に再び導き、東北にまた元気をプレゼントしてくれると信じています。

 

その原動力は、亡くなっても、みんなの心に「星野仙一」の魂が宿っているからにほかなりません。

 

星野仙一さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。

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