掛川城の歴史を簡単にわかりやすく!見所やアクセス情報も!

      2017/09/10

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今回は、静岡県掛川市にある掛川城を取り上げますよ。^^

 

掛川城(かけがわじょう)は、土佐藩の初代藩主となった山内一豊の居城だったお城として知られていますね。

 

また、本格木造天守閣として、1994年(平成6年)に復元された、静岡県掛川市のシンボルにもなっています。

 

この掛川城の歴史ってどのようなものだったの?

 

と思ったあなたに、簡単にわかりやすくまとめてみますね。

 

そして、ぜひ、掛川城に足を運んでみてくださいね。^^

 

掛川城の基本データ

まずは、掛川城を簡単におさらいしてみましょうね。^^

 

以下に簡単にまとめてみましたよ。

 

掛川城の基本データ

掛川城の基本データはこんな感じです。^^

別名 懸川城、懸河城、雲霧城、松尾城
城の構造 平山城
天守の構造
  • 不明3重(1621年再建 非現存)
  • 複合式望楼型3重4階(1996年 木造復元)
建てた人 朝比奈泰煕(やすひろ)
直した人 山内一豊
建てた年 文明年間(1469年〜1487年)
主な城主 朝比奈氏、山内氏、太田氏、石川氏
廃城年 1871年(明治4年)
遺構 二の丸御殿・太鼓櫓(移築)・大手門番所(移築)・石垣・土塁・堀(いずれも一部)

出典:wikipedia

 

掛川城の勲章

掛川城は、二の丸御殿国の重要文化財、そして、日本の100名城にも指定されています。

 

掛川城の天守閣は、1994年(平成6年)に、復元されました。

 

天守は、山内一豊がのちに入城した高知城を参考に、日本初となる木造復元天守として復元されました。総工費10億円以上もかかったそうで、壮大なプロジェクトだったんですね。掛川市民の悲願が達成されたのです。^^

 

今では、掛川市のシンボルとして市民を見守ってくれています。

 

2006年に、NHK大河ドラマ「功名が辻」で山内一豊と内助の功で知られる千代の物語が放送されましたが、一気に掛川城が広く知られることになったと思います。

 

僕も実際、「功名が辻」で掛川城を知ったものですから。^^;

 

一応、司馬遼太郎さんの小説のほうでですけどね。

 

そして、一豊の妻、千代の「内助の功」の逸話は有名ですよね。

 

貧しいながらも、ちゃんとしたいいものを旦那様には用意させなければと思い、嫁入りの時に持ってきたお金で、名馬「鏡栗毛」を購入し、その見事さが信長の目にとまり、一豊が出世の糸口をつかんだという話です。

 

千代が内助の功で、夫を出世させたという有名な逸話ですね。^^

 

できる男には、できる女がいるものですよね。^^;

 

掛川城とは?

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それでは、掛川城のことを簡単にわかりやすくまとめてみましたので、ご参考までにどうぞ。^^

 

掛川城の歴史とは?

掛川城は、室町時代中期の文明(1469年 – 1487年)年間に、守護大名・今川義忠が、重臣の朝比奈泰煕に命じて築城したのが始まりとされています。

 

ということは、もともとは、今川家直轄のお城だったということですね。^^

 

代々、朝比奈氏が城代を務めていきますが、今川義元が織田信長に桶狭間で敗れ、今川を継いだ氏真が、武田信玄と徳川家康との戦により、拠点としてた駿府館から掛川城に落ち延びてきます。

 

そして、徳川家康、武田信玄から挟まれた形になってしまった今川氏真。

 

結局、掛川城は、家康に明け渡され、氏真は、小田原の北条を頼っていきます。

 

そして、その城代には、家康の重臣・石川家成・康通親子が入城します。石川家成は、徳川を裏切って出奔したと伝わっている石川数正の叔父さんだそうですよ。

 

その後は、織田信長が本能寺に倒れ、豊臣秀吉が小田原征伐を行い、天下統一を決めると、秀吉配下の山内一豊が5万1千石(のち5万9千石)で掛川城に入ったのです。

 

ここから、山内一豊が掛川城の城主として、石垣・瓦葺の建築物・天守など近世城郭としての体裁を整えていったのです。

 

さらに、関ヶ原のあとは、一豊は、土佐の高知に飛ばされます。ですので、掛川城には、徳川譜代の大名が入った末、江戸城を築城したことで知られる「太田道灌」の子孫である太田氏が代々城主を務めていったそうですよ。

 

そして、1854年(安政元年)末に、東海地方の大地震(安政東海地震)によって、掛川城の天守などの建物が壊れてしまいます。その後、政務を行っていた二ノ丸御殿は1861年(文久元年)までに再建されましたが、天守は再建されなかったそうです。

 

で、長い時を経て、1994年(平成6年)に、掛川市民の悲願として、日本初の木造天守が復元されたのでした。^^

 

掛川城の見所である二の丸御殿とは?

(画像:二の丸御殿)

 

掛川城の見所は、天守閣はもちろん、大手門、大手門番所、太鼓櫓などがありますが、やはり、国の重要文化財に指定されている、二の丸御殿がおすすめです。

 

掛川城二の丸御殿は、江戸時代後期に建てられた建物で、現存する城郭御殿なのです。

 

主に、掛川藩の藩主の邸に使われたり、政務に使われていたそうです。

 

現存する城郭御殿は、掛川城御殿をはじめ、二条城など4つしかないそうですよ。それだけ、貴重な御殿であるからこそ、国の重要文化財に指定されているんですね。^^

 

ぜひ、一度は見てみてくださいね。

 

 

掛川城のアクセス情報

それでは、掛川城の場所やアクセス方法、気になる駐車場などをわかりやすく、まとめてご紹介します。

 

住所 静岡県掛川市掛川1138−24
交通アクセス 【電車】

JR掛川駅より徒歩7分

【車】

東名高速道路掛川I.C.より約10分(大手門駐車場まで約5分)

駐車場 大手門駐車場(有料約200台)、掛川城公園駐車場(有料約60台)
お問合せ 0537-22-1146 掛川城管理事務所

0537-24-8711 掛川城ビジターセンター

入場料 大人(高校生以上):410円

小・中学生:150円

 

<MAP>

まとめ

いかがでしたでしょうか?

 

掛川城は、山内一豊が有名ですが、今川家最後の地でもあったんですね。^^;

 

現存する城郭御殿である二の丸御殿や復元された天守閣はぜひ、一度は見たいですよね。

 

今日に伝わる掛川城の礎を築いた山内一豊の息吹をぜひ堪能してみてはいかがでしょうか?

 

それでは、今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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