由比正雪とはどんな人物だったのか?日本酒「正雪」の由来は?

   

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由比正雪の乱で知られる「由比正雪」ってどんな人物だったのだろうか?

クーデターを起こし幕府転覆を狙った悪人というイメージが強いですが、果たしてそうなのでしょうか?

 

また、日本酒の「正雪」ってなにか気になります。由比正雪と関係があるんでしょうか?^^

今回は、由比正雪の人物像と日本酒「正雪」にスポットを当ててわかりやすくまとめて見ましたよ。

 

由比正雪の生涯

由比正雪の生まれについてはいろいろと諸説あるようです。

駿府宮ケ崎の「岡村弥右衛門」の子だったり、鎌倉武士の三浦氏の子孫だとかありますが、地名から考えてもこの説が概ね合ってるのかなという説が、これです。

慶長10年(1605年)に、駿河国由井(現在の静岡県静岡市清水区由比)で紺屋・吉岡治右衛門の子として生まれたとされています。

治右衛門は、秀吉と同じ、尾張中村の生まれで、百姓だったそうです。その縁で大坂天満橋へ移り、染物業を営み、関ヶ原の戦いでは、石田三成方についたそうですよ。

そして、関ヶ原のあとに由比村に移住して紺屋になったと伝わっています。

治右衛門の妻、正雪のお母さんは、枕元で、武田信玄が転生した子を宿すと予言した夢を見たんだそうです。そしてその後生まれてきたのが、正雪だったということです。

なんとも、霊的なものを感じますが、それだけ優秀な子を産んだということなんでしょうね。

 

やがて、正雪が17歳になったとき、江戸に奉公に出て、軍学者の楠木正辰の弟子となったのです。

そして、その才を見込まれて、楠木正辰の娘と結婚し、婿養子となったのです。

なので、「楠木正雪」が正式な名前だったのでしょうけどね。

それから、楠木正辰の南木流を継承した軍学塾「張孔堂」を開きました。塾の名前は、中国の名軍師と言われる張子房と諸葛孔明に由来しているそうですが、なんとも強烈な名前ですよね^^;

前漢の劉邦に仕えた軍師・張子房と、三国志の名軍師・諸葛孔明の名前をそれぞれ1文字ずつ頂戴し、塾の名前にするとは。自分も孔明たちのような名軍師になりたかったのでしょうかね?

ちなみに、その塾の評判は非常に良くて、諸大名の家臣や旗本も多く含まれていたそうですよ。

それからほどなく、幕府の強権であるキリシタン弾圧による外様大名の改易を見かねて、幕政への批判と浪人たちの救済のため立ち上がったのでした。

由比正雪の乱(慶安の変)とは?原因やその後もわかりやすく

 

しかし、計画が露呈し、捕らえられ、自害に追い込まれてしまいます。

(画像引用元:Wikipedia

 

そして、今は、この首塚で眠っています。

首塚は静岡市葵区沓谷の菩提樹院にあります。

 

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日本酒「正雪」の由来は?

(画像引用元:神沢川酒造さん

 

日本酒の「正雪」って、いきなり気になりますよね^^;

ぱっと見は由比正雪に関係あるのかな?と思ってしまいます。

と思って調べてみると・・・・

 

やっぱり!関係ありましたよ^^

 

まさしく、由比正雪にちなんで命名された日本酒でした。

 

大正元年(1912年)創業の「株式会社神沢川酒造」さんが世に送り出している日本酒が「正雪」なんです。

この神沢川酒造さんがある場所は、静岡県静岡市清水区由比という地域で、まさに、正雪の生家があったとされる由比地区なんですね。

この日本酒「正雪」は、由比正雪にちなんで二代目蔵元の望月由松さんという方が命名されたんだそうです。^^地元では、由比正雪は、「静岡市が生んだ反骨の英雄」として人気が高いそうです。

自分の思いに正直に気骨の精神で幕府に立ち向かった姿が静岡市民の誇りなのでしょうね。

気になるお味は、「甘・辛・苦・渋・酸」の五つの味と上品で爽やかな香が調和した逸品なんです。

ぜひ、一度味わってみてはいかがでしょうか?

 

神沢川酒造さんのサイトはこちらからどうぞ。

 

 

まとめ

静岡の由比地区では、由比正雪にちなんだ日本酒「正雪」があります。

このお酒を知ることができて、由比正雪が何故か身近に感じられるようになりました^^

地元の人にとっては、由比正雪はヒーローなんですね。

実際、軍学者という堅いイメージを持っていましたが、実は、とても真っ直ぐで気骨のある人物なんだということが分かりました。

それが、地元の人たちに愛されている理由なんでしょうね。

 

僕も日本酒が好きなので、いつか、この正雪を飲んでみたいと思います。

飲むなら、正雪のゆかりの地を巡りながら、ちびりちびりと飲むのがいいかもですね^^

 

それでは、今回もありがとうございました。

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 - 由井正雪